大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)149号 判決 1989年2月21日

大阪市阿倍野区西田辺二丁目六番二一号

上告人

大阪開発株式会社

右代表者代表取締役

松田吉男

右訴訟代理人弁護士

友光健七

川人博

大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号

被上告人

阿倍野税務署長

井上久利

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六二年(行コ)第五号法人税等更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年六月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人友光健七の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、叉は原審の認定しない事実に基づき若しくは独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 坂上壽夫)

(昭和六三年(行ツ)第一四九号 上告人 大阪開発株式会社)

上告代理人友光健七の上告理由

原判決には、以下の各点で判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

第一、原判決は、法人税法第二二条二項所定の「資産の譲渡」の解釈を誤り、本件不動産の処分が借入金担保のための権利設定であり、何ら実質的な所得が存在しないにもかかわらず、右を資産の譲渡による所得と解釈し、本件財産処分に同条を適用した。

一、本件の争点

法人税法第二二条二項所定の「資産の譲渡による収益」には、本件の如き不動産の処分も含まれるか、否か、に存するが、更に右解釈上の争点を細分すると、

1、まず、第一に、本件土地は、昭和五〇年五月一七日の買戻し権の喪失より、上告人から、熊谷組へ確定的に移転したといいうるか、否か(土地所有権の移転を法人税法上、どう解すべきか)との論点がある。

2、次に第二に、右土地の移転が同日なされたとしても、上告人が、熊谷組より、同四八年五月一八日付で受領した金六億八、〇〇〇万円が、同日付で当然に、当初の借入金から売買金に転化するものか、否か(法人税法上、これを所得と当然に解すべきか、否か)との論点が存在する。

3、更に第三に、右借入金の返済がなされないまま推移し、同五七年一二月二八日付裁判上の和解において、債務が確認され、弁済がなされた場合においても、右六億八、〇〇〇万円は、法人税法上の「所得」と解されるのか否かの論点が存在する。

二、上告人の主張

1、熊谷組が上告人に対し、同四八年五月一八日、金六億八、〇〇〇万円を交付した時点では、間違いなく、右金員は、本件土地を担保とした貸金、つまり将来弁済を前提とした金員であつた。

2、契約文言上においては形式上、同五〇年五月一七日もしくは、同五一年五月一七日の期限をもつて、本件土地の買戻し権が喪失すると規定されていたが、本件契約が実質上、東淀川開発にかかる別件契約に従属していたため、本件借入金については実質上では、別件契約の清算として行う旨の合意があつた。

3、しかも、不幸にも、同四九年暮ころから、上告人と熊谷組との右東淀川開発をめぐる紛争が激化しはじめ、その開発利益清算のメドが立たなくなり、したがつて、右開発事業に従属して締結されていた本件金員の弁済についても、当然に紛争の一環として事実上棚上げ状態となり、熊谷組からの返還請求もなく、また、上告人からの弁済の申し入れもないまま推移していた。

4、そして、上告人は、一旦は、熊谷組の弱点であつた東淀川の土地の移転登記手続の履行と引き換えに、同五〇年九月三〇日、熊谷組と覚書を締結し、東淀川開発の利益金の一部で本件金員を弁済し、本件土地の返還を受ける旨合意した。

5、しかし、その後、更に、右覚書は履行されず、紛争は激化の一途をたどり、遂に、同五七年一二月二八日付裁判上の和解によつて、上告人は、右金員を弁済し、土地の返還を受けることで長年の凍結状態を終了した。

6、以上を前提とするならば、

<1> 本来、本件土地の処分は、借入金の担保提供のまま一貫して推移していたものであり、法のいう「資産の譲渡」に該当せず、

<2> したがつて、借入金は一貫して借入金のままであり、確定的な「所得」と解されるべきではなく、

<3> 裁判上の和解によりはじめて弁済され、担保権が消滅したと解されるべきである。

7、原一、二審判決は、本件契約をめぐる特別な経過については事実上認定しながらも、結果的には、本件契約の形式的な文言に拘束され、昭和五〇年五月一七日をもつて、上告人の買戻し権が喪失し、したがつて、上告人は、本件貸金六億八、〇〇〇万円の返済を免れ「所得」を得たと認定する。

その誤つた認定の根本原因は、

<1> 第一に、本件貸金契約が、実質的に東淀川開発事業に従属して、締結されたものであること。

<2> 第二に、最も重要な点は、本件貸金の弁済については、東淀川の紛争が激化したため、履行することが事実上期待できない状態に陥り、事実上凍結状態になつていたこと。

<3> 第三に、その長期間の紛争解決、したがつて凍結状態の解除として、本件裁判上の和解がなされ、その合意内容は、これまでの紛争の実態を正しく反映したものであること。

等各点に対する正しい評価がなされなかつたことに由来するものと考えられる。以下各点を詳述する。

三、土地所有権移転と失権条項

1、原一、二審判決は、この点について、

「担保提供の法形式として、買戻特約売買契約を選択し、乙契約においてその不履行を甲、丙契約における買戻権の喪失事由と定めてその趣旨を明記した契約書を作成したのであるから、当事者間で、作成された右契約書中買戻権の喪失を定める規定だけを特に拘束力がないものとする旨の合意をしていたとは到底認められない。」(原一審)

と認定している。

しかし、右認定の理由は、要するに「その趣旨を明記した契約書を作成したのであるから」、「到底認められない。」といつているに過ぎない。

上告人が明記した契約書の存在を前提にしつつ、右契約の締結に至つた経過を踏まえ、いくつかの実質的根拠を述べているにも拘らず、(原一審判決第二、五、一(2)))、これらに何らの反論を加えることもなく、「明記」していることのみを根拠として判断しているに過ぎず、全く説得力がない。「到底」なる強調語だけでは、実質的な説得力は到底認められない。

実際、幾多の法律実務経験が教える所によれば、我が国の契約観念の未成熟さとも関連して、ある当事者間の実体的な合意内容と契約書に明記された文言とが必ずしも一致しないことは決して少なくない。

とりわけ、本件の如き、履行の期限や失権の時期については、両当事者の合意があいまいで、「一応決めておく。」とか、「契約書上空欄にしておけないので形式上記入しておく。」とか、ということで「明記」されることも少なくない。

本件甲、乙、丙契約には、上告人が原審で主張した実質的理由により、買い戻し権の失権条項が「明記」されているにも拘らず、上告人と熊谷組との合意内容には含まれていなかつたのであり、この点での誤認がある。

2、本件甲ないし丙契約は、まさしく、当時上告人と熊谷組との間で進行していた東淀川の土地の開発事業に従属して締結されたものであつた。

ここでいう従属性とは、

<1> そもそも第一に、本件契約と東淀川共同企業体契約とが同四八年五月一八日付で同日に締結されていることに明らかなとおり、相互に牽連関係にあり、主として、右共同企業体契約を締結するために、本件契約が締結された。

<2> すなわち第二に、本件契約は、熊谷組が共同企業体を形成し東淀川開発事業を円滑に進めるため、その対価として上告人に六億八、〇〇〇万円の融資をすることを目的に締結されたものとして、当初より明確な担保契約であつた。

<3> その上第三に、右融資金六億八、〇〇〇万円は、上告人と熊谷組との東淀川再開発事業が円滑に進行するならば、熊谷組から上告人へ分配される利益金により清算されることが予定されていた。

<4> したがつて第四に、熊谷組は、元来本件契約所定の担保流れによつて本件土地を取得しようという意図はなかつただけでなく、事実買戻し権の喪失が形式上発生したにも拘らず、本件土地の現実の管理は全くなさず上告人に委ねていた。

との各内容を持つていた。

3、要するに、熊谷組にとつては、本件契約は、主として東淀川の再開発事業を軌道に乗せるための手段であり、そのため提供した六億八、〇〇〇万円の担保にすぎず、元来、その貸金の回収は東淀川の事業で行い、本件土地を取得する意思ははじめからなかつた。

そして、上告人も、また、同一の認識を持つており、本件土地を確定的に手放す意思は全くなかつた。

その意味で、本件契約は、単なる一般的な担保契約ではなく、別の形での清算が予定されていた変則的な担保契約だつたのである。

以上を敢えて法律構成をすれば、本件契約には、確かに文言上、買戻し権の喪失という条項は存在するが、以上の経過から、上告人と熊谷組との間においては、全く別の清算を予定しており、したがつて、右買戻し権の喪失(失権)条項は効果がないものと評価されなければならない。

四、本件覚書の効力

1、原判決は、この点について、

まず、第一に、「熊谷組にとつては極めて不利で到底承服し難い内容であつたが、(原告の代表者松田吉男が、)熊谷組の担当者牧野英隆に対して本件覚書は弘容信用組合に原告の信用力を示すため呈示するだけの目的で作るもので、それ以外の目的には使用しない、その旨の念書も原告から熊谷組に差入れると明言・確約したので、牧野も、右覚書の内容が法的拘束力をもたない対金融機関呈示用の形式的文書にすぎないとの右前提の下にこれに熊谷組の記名押印をなすに至つたものであることが認められるから、本件覚書による甲・乙及び丙契約解除の合意は、原告、熊谷組の通謀による虚偽の意思表示によるものと認めるのが相当である。」と認定している。

そして第二に、右認定に自信がなかつたのか、付け加えて、「のみならず前記認定の事実関係からすれば、右覚書作成後も、熊谷組はその効力を否定して覚書の内容を実行しなかつたし、原告も甲・乙及び丙契約に基づき、売買代金名下に融資を受けた金員を熊谷組に返還しないまま推移し昭和五七年一二月、今度は、甲・乙及び丙契約に基づく買戻権が引続き存続することを前提とした本件和解をするに至つているのであり、結局、右合意解除は、本件係争事業年度中はもちろん、その後も何ら原状回復の現実の履行がなされなかつたのであるから、本件では、右解除の意思表示も既に確定した原告と熊谷組との本件土地の譲渡とその対価の取得についての法律関係には何らの影響をも及ぼさなかつたというべきであり」(原一審判決)と認定している。

2、しかしながら、原判決の第一の通謀虚偽表示との認定は、根本的に誤つている。いうまでもなく、通謀虚偽表示は、意思表示をなす両当事者が、その表示した合意内容どおりの効果を発生させないことを合意してなす意思表示であり、原判決の事実認定(この事実認定も誤つているが)を前提にすれば形式上通謀虚偽表示のようにみえないではないが、以て非なるものといわなければならない。

すなわち、通常の通謀虚偽表示は、偽りの意思表示をする両当事者が、その虚偽の表示をすることについて何らかの共通の利益があり、とりあえずそれを優先する結果として生まれるものであり、本件の如く、虚偽の表示(合意)をすることが、直ちに一方に「極めて不利な内容」になる場合には、本来発生しえない。

本件覚書は、原判決も事実認定しているとおり、上告人が熊谷組にとつてどうしても必要な登記書類の交付と引き換えに、従前の不利な立場を「根底から覆す」ことをねらい、熊谷組もまた、その意を十分知りながらあえて実現した合意であり、双方において真正な意思表示であつた。

3、また、原一審判決の第二の根拠に至つては、全く根拠にもなつていない。原判決は、要するに、<1>熊谷組、上告人とも、本件覚書に基づく義務の履行をしていない、<2>昭和五七年一二月、本件覚書に反する和解をしている、というのである。

しかしながら、<1>の義務の履行については、本件覚書の効果について、上告人と熊谷組とが争いを始め、お互いの主張を譲らなかつた以上、双方とも義務の履行をしなかつたのは当然過ぎる位当然であり、また、<2>の和解についても双方の争いを解決するため、東淀川部分については熊谷組の、本件土地については、上告人の、各々主張を採用したものであり、本件土地について、本件覚書を前提にすれば、甲・乙・丙契約に基づく買い戻権が存続するということになるのであつて、全く当然の処置なのである。

こういうことを、本件覚書の合意の効果を否定する理由として摘示していることそれ自体、原判決の理由不備をさらけ出しているといわざるをえない。

五、本件貸金の弁済と紛争の継続

1、右東淀川の共同事業が円滑に進捗していたならば、おそらく、本件貸金の弁済についても何らかの処置が採られ、円満に解決に至つていたと考えられる。

しかし、右共同事業の進め方をめぐり、上告人と熊谷組とは、おそくとも同四九年末ころから激しい対立状態に突入していく。そして、この紛争の継続それ自体が、本件契約の清算、すなわち、貸金の弁済を事実上不可能にした最大の要因である。

すなわち、前記のとおり、本件契約がそもそも、右共同事業と切り離された別個独立の貸金契約であつたならば、紛争と一応切り離して、清算解決することも可能であつたであろう。しかし、右共同事業に密接不可分な形で結合していたが故に、本件契約だけを切り離して清算することは不可能であつた。

2、上告人は、共同事業をめぐる紛争が激化したが故に対立する熊谷組との間で、本件貸金の弁済に入ることが、買戻権の行使期限とは別に不可能となつた。

しかも上告人は、同五〇年九月三〇日には、熊谷組との強力な交渉により、本件覚書を締結し、一旦は本件契約の清算を行つたと理解していた。

右覚書は、通謀虚偽表示故に無効との見解があるが、相手方たる熊谷組が右覚書記載に表示された意思表示が自己に一方的に不利であり、期限ぎりぎりで調印を拒絶していた経過に鑑みれば、絶対に、通謀虚偽表示とは判断しえない。熊谷組は、右覚書が表示どおりの効果を持つことを前提にしていたからこそ、その調印を拒否していたものであり、調印後、自己の責任を免れるため虚偽表示との構成を採用したにすぎない。

いずれにしても、右覚書締結にも拘らず、紛争は更に激化し、いよいよ本件契約の清算は不可能な状態となるに至つた。

3、そして、この紛争の継続は、すなわち、上告人から熊谷組への本件貸金の弁済を凍結状態に導いた。

要するに、本件契約文言上の買戻し権の喪失期限が経過したけれども、それにより権利関係が確定したのではなく、紛争の激化のため未確定のまま推移したのである。

この結果、上告人の本件借入金は、何ら確定的な清算手続きもされないまま、借入金として存続していたのであつて、決して「所得」として確定されたことはない。

六、本件裁判上の和解

1、原判決は、以上の経過を無視し、同五〇年五月一七日の経過をもつて本件権利関係が一義的に確定し、したがつて、本件裁判上の和解は、一旦確定した権利関係を事後的に覆したに過ぎないものと認定する。

しかしながら、本件和解に至る経過をみれば明らかなとおり、本件和解は、紛争状態の両当事者の主張のうち、東淀川関係は熊谷組の、本件契約関係は上告人の各々主張を採用し、利害の調整を計つたものである。

本件紛争の実態に鑑み、各部分において存在する複数の争点について新たに判断を加え、未確定な権利関係を確定したものである。そして、本件契約の点については、前述の経過を重視し、上告人の主張を認め、買戻し権が喪失していないことを確定したのち、清算を完了させたものであり、この時点で、はじめて、買戻し権の存在が公式に認められ、現に行使されたのである。

2、確かに、被上告人が主張するとおり、一旦権利関係が確定したのちに、それにともなう税負担が現象化し、それを回避するため、当事者間で、右権利関係を遡及的に解消するため、形式上の法的な文言を悪用することもない訳ではないであろう。

たとえば、借主であるAが貸主Bに対し買い戻し特約付売買で土地を担保提供し、期限切れで担保流れになり、何らの紛争もなく推移していたところ、Aへの税務調査により税負担を課されることが明らかになり、あわててAの要請により税負担を免れる目的で、A・B間で既に失効済の買い戻し特約がもち出されるようなことも確かにありうることである。

このように、両当事者間で何ら紛争もなく確定していた権利関係を、税負担を免れる目的で、全く形式上の条項を悪用し覆すことは、もちろん、許されるべきではない。

しかし、本件は、実質的に、右のようなケースと全く異なるのである。

すなわち、原判決も認定するように、本件買い戻し特約付売買契約における失権の期限前である同四九年一一月ころより、上告人と熊谷組とは、東淀川共同事業をめぐる紛争を開始し、たとえば、上告人は、同四九年一一月二三日までに右淀川の土地の一部の移転登記への協力を拒み、本件金員の返済も含む諸案件について抜本的な改善を求め始めていた。そして、同五〇年に入り、期限切れをはさみ交渉が行われ、同五〇年九月三〇日付覚書の締結を経て、更に長期的な紛争に突入していくのである。

要するに、本件において、本件土地の所有権については、買い戻しの期限の前より、上告人と熊谷組との間で、確定的な権利関係が一義的に定まり安定したことはないのであり、一貫した紛争の対象となつていたのである。

しかも、熊谷組自身においても、右の経過を経た本件土地の帰属の未確定を反映し、「右債務不履行を理由とする違約金の請求や本件土地、丙土地の引渡を求めるなどの行動はなされなかつた。」(原判決理由三の(一二))のである。それどころか、「その間、原告の関連会社である興洋建設株式会社が本件土地で、土砂の埋め立てなどを行つていたのに対しても同五五年ころまでは特に異議を申立てていなかつた。」(同)というのである。

要するに、本件土地の帰属については、上告人と熊谷組との間において同四九年一一月ころより発生した東淀川開発事業をめぐる紛争の開始より、同五〇年九月三〇日付覚書を経て、同五七年一二月二七日付和解に至るまで、一貫して紛争の対象となり、安定した権利の確定はなされなかつたのであり、したがつて、買い戻し権の処遇についても、未確定のまま推移してきたのである。本件は、一旦確定した権利関係を、税負担を免れるために覆すという経緯とは、全く異なる経過で推移しているのである。

3、本件和解は、まさに、上告人と熊谷組との前記の未確定の権利関係を調整し、あらたな基準で確定したものに外ならない。それは、既に両当事者間で確定済みの権利関係を、上告人の税負担を免れるために、あえて覆したものでは毛頭ない。

関係裁判官の提示した和解案は、両当事者の主張を踏まえ、相互にその一部を採用し、調整したものであり、東淀川共同事業関係については熊谷組の主張を本件土地の所有については上告人の主張を、各々採用したものである。

被上告人は、本件和解について

(1)甲・乙契約では失権条項の効果がないと主張しているのに、本件和解で買い戻し権の存在(承認)に拘泥しているのは大きく矛盾する。

(2)失権条項の排除を考えたとみられる覚書の効力を前提にしながら、和解において買い戻し権の存続(不消滅)が確認され、その行使により所有権が復帰した旨主張するのは矛盾する。

と論難している。

しかし、そもそも、被上告人がいう矛盾とは何と何とが矛盾しているのかよく理解しがたいが、(1)についていえば、失権条項の効果がないから買い戻し権が存在しているのであり、(2)についても、失権条項が排除されるから買い戻し権が存続するのであり、その主張は全く矛盾などしていない。被上告人が、あえて、甲乙契約で、そもそも失権条項が無効なのに覚書でそれを再確認したこと、及び、覚書で再確認したのにその上和解条項で再々確認したこと、を矛盾していると非難するのであれば、法的条項の明確化の際には、この種の再確認はごく普通のことであり全く的外れな非難であろう。

たしかに本件和解に際し、税負担について検討したことは事実であるが、だから、直ちに本件和解が税を不当に免れるために既に確定した権利関係を形式上覆すだけの合意となるとはいえない。節税を計ることは当然であり、裁判官も常に念頭において和解を進めることは少なくない。

どう考えても、本件において、上告人は、本件土地の確定的処分によつて確定的利益を得るまでには至つていないのであり、従前所有していた土地を担保提供したのち、紛争が長期化し、凍結状態になつていたが、やつと裁判上の和解により、そのまま取り戻したに過ぎない。

本件課税処分は、その意味で全く形式主義であり、すみやかに是正されるべきである。

第二、原判決は、国税通則法第二三条二項一号所定の「その更正に係る税額等の計算の基礎となつた事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解とその他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところが異なることが確定したとき」「更正の請求ができる」旨の趣旨に違背し、昭和五七年一二月二八日付裁判上の和解を、右趣旨に鑑みて解釈しない違法がある。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例